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小諸城址

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小諸城址
ニの丸跡 
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小諸城址

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小諸城址

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本丸跡の石垣

小諸城址

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本丸入り口

国峰城跡

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仁治年間(1240頃)、小幡氏が竹の内の館を中心に居住していたと思われる。小幡氏は武蔵児玉党の一員で、西上州の主領として勢力を伸ばし、関東管領山内上杉氏の重臣として活躍した。上杉氏亡命後は武田信玄に通じたが、箕輪城主長野業政が小幡重定を追い払い一族の小幡景定を城主とした。永禄4年(1561)信玄は国峰城を奪い信実(重定)を置いて上州攻略の拠点とした。天正10年(1582)武田氏滅亡後、信実は織田の滝川一益配下となったが、同年小田原の役に出陣し、国峰城には子小幡信秀が守ったが、前田利家率いる藤田信吉に落とされ廃城となった。(現地説明板参照)城跡の地図

丹生城址

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この城は国峰城の出城で、戦国時代に西方から侵入する甲斐武田軍に対する防衛のために築城されました。当時の原型をとどめた県下唯一の山城です。

丹生城址



丹生城址の見どころは「壕内道」だ。本丸から二の丸方面に延びる尾根筋に掘られた「壕内道」から直角に下に向かう道があって、竪堀のように見えるが途中で直角に屈曲し、さらにその先で直角に折れている。

旧茂木家住宅


茂木家は、戦国時代の大山城主・野宮淡路守信勝を先祖とし、江戸時代には代々小幡藩の名主を勤めた旧家である。

宮崎城址


現在は、富岡市立西中学校で、城の遺構はありません。
この城は、小幡氏の国峯城の支城です。

神成城址


「神成遊歩道」から「神成城址」へいけます。
城跡には、矢竹が生い茂っています。

 

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